ダウン症候群とがんとの関係をどのように考えるか

ダウン症候群とがんとの関係をどのように考えるか

一般的に、ダウン症候群の方々はがん(固形がん:臓器や組織にできるがん)にかかるリスクが低いことが知られています。この背景にはDSCR1(Down Syndrome Critical Region 1)という遺伝子が深く関わっている可能性があるという論文が出たのが、15年前のこと(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19458618/)。

ダウン症候群は、21番染色体が通常より1本多く存在することで引き起こされます。この21番染色体には、DSCR1を含む複数の遺伝子が存在しており、これらの遺伝子の過剰発現が、がん細胞の増殖を抑制するメカニズムに寄与していると考えられています。特に、DSCR1は免疫系に作用し、体内で炎症や腫瘍の形成を抑制する役割を持つことが示唆されています。

過去15年にわたって行われた研究によって、この遺伝子の機能やその役割が徐々に明らかになってきました。DSCR1の抗体医薬が開発されれば、がんの進行を抑える新たな治療法となる可能性があります。

しかし、すべてのがんにおいて効果があるわけではなく、白血病などの血液がんに関しては例外となるケースもあります。遺伝学の進歩により、がんの治療方法もさらに細分化されていくことが予想されますが、固形がんに対しては、DSCR1に関連するこれまでの知見が今でも有効であるとされています。

また一方で、ダウン症候群の子供たちは、血液のがんである白血病の発症頻度が高いことが知られています。その原因を解明する論文が先週Nature誌で発表されました(https://www.nature.com/articles/s41586-024-07946-4)。

シングルセルマルチオミクス技術を駆使し、ダウン症候群と正常な染色体数を持つ胎児の肝臓および骨髄サンプルを比較することで、遺伝子発現や血液形成の異常を詳細に解析し、白血病発症のメカニズムを解明したもので、ダウン症候群の遺伝的背景がどのようにして白血病のリスクを高めるのか、細胞レベルでの詳細な理解を提供しています。

この研究は、ダウン症候群の方々に見られる血液学的異常、特に白血病などのリスクが、胎児期から始まっていることを示唆しています。特に注目すべきは、ダウン症候群の造血幹細胞(HSCs)が「初期化」され、異常な血液細胞分化に向かう準備がなされているという発見です。これにより、血液の形成過程が胎児期から歪められ、白血病のリスクが増大する可能性が指摘されています。この初期化現象は、細胞の種類やその周囲の環境に大きく依存しており、ダウン症候群の遺伝子発現の異常は一様ではないことがわかりました。

さらに、非コード領域の遺伝子調節要素と発現遺伝子をリンクさせるマップを作成し、これがダウン症候群特有の血液細胞形成の異常にどのように寄与するかを明らかにしました。10Xマルチオミクスデータを使った解析により、赤血球系統の分化に関わる重要な遺伝子発現とエンハンサーの活性が再構築され、異常な調節ネットワークが形成されていることがわかりました。

また、ダウン症候群の造血幹細胞における酸化ストレスのサインが確認されました。ミトコンドリアの質量が増加し、酸化ストレスが高まっていることが、ダウン症候群に特有の変異と結びついています。これらの変異は、遺伝子発現に関与する調節領域に特異的に集中しており、これも血液細胞の異常形成に影響を与えているとされています。

このような最新の知見は、ダウン症候群の方々に見られる白血病や他の血液学的疾患の予防や治療に向けた新たな視点を提供します。今後、これらの発見が(生殖補助医療、周産期、小児、成人、がんに関する)遺伝カウンセリングや、個別化医療の分野で大きな役割を果たすことが期待されます