検査部の奥平です。
卵子の最終的な成熟を促すトリガーとして、一般的にヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)またはゴナドトロピン放出ホルモンアゴニスト(GnRHa)もしくはその両方が用いられます。hCGは黄体形成ホルモン(LH)受容体に結合し、LHのように作用して排卵を誘発します。一方、GnRHaはGnRH受容体に結合し、LHの分泌を誘導して排卵を誘発します。最近の研究では、トリガーにGnRHaを用いた場合とhCGを用いた場合とでは、胚の正倍数性率が同等であることが示されており、トリガーの種類が胚の染色体の状態に悪影響を与えないことが確認されています。しかし、染色体の状態が、胚が妊娠または出生に至るかどうかの唯一の決定要因ではないことも事実です。そこで今回紹介する論文では、GnRHaまたはhCGをトリガーとして用いた体外受精周期で得られた正倍数性胚盤胞を移植後の妊娠成績について比較検討しています。
Pregnancy outcomes after frozen-thawed single euploid blastocyst transfer following IVF cycles using GNRH agonist or HCG trigger for final oocyte maturation.
J Assist Reprod Genet. 2020 Mar; 37(3): 611–617.
対象・方法
2014~2019年の間に1個の正倍数性胚盤胞が移植された凍結融解胚移植(FET)周期を対象にした後ろ向きコホート研究です。全ての胚は、GnRHaまたはhCGトリガーを用いた体外受精周期で作成され、ホルモン調節または自然のFET周期で移植されました。また、各患者の最初のFET周期のみを対象としています。継続妊娠率または生児出生率、着床率、臨床妊娠率、流産率、多胎妊娠率についてGnRHa群とhCG群とで比較しています。
結果
GnRHa群とhCG群の間で比較すると、継続妊娠率または生児出生率(64.1% vs. 65.3%; P=0.90)、着床率(70.3% vs. 72.0%; P=0.79)、臨床妊娠率(69.0% vs. 72.0%; P=0.68)、流産率(7.0% vs. 9.4%; P=0.38)、多胎妊娠率(4.0% vs. 1.2%; P=0.60)に有意な差はありませんでした。
また、患者群を35歳未満と35歳以上で層別して解析した場合でも、継続妊娠率または生児出生率、着床率、臨床妊娠率、流産率、多胎妊娠率に有意な差はみられませんでした。
<35歳未満>
継続妊娠率または生児出生率(68.1% vs. 71.4%; P=0.81)、着床率(73.9% vs. 85.7%; P=0.29)、臨床妊娠率(73.9% vs. 82.1%; P=0.44)、流産率(7.8% vs. 13.0%; P=0.67)、多胎妊娠率(2.0% vs. 4.3%; P=0.53)。
<35歳以上>
継続妊娠率または生児出生率(60.5% vs. 63.3%; P=0.75)、着床率(67.1% vs. 67.8%; P=1.0)、臨床妊娠率(64.5% vs. 68.9%; P=0.62)、流産率(6.1% vs. 8.1%; P=1.0)、多胎妊娠率(6.1% vs. 0%; P=0.08)。
そして、交絡変数を調整後の継続妊娠率または生児出生率においても、GnRHa群とhCG群の間で有意な差はありませんでした(調整オッズ比 0.941 (95%CI 0.534-1.658); P=0.83)。
解説
正倍数体の胚を移植しても着床しない理由は、現在まだ正確にはわかっていません。これまでに、遺伝子、タンパク質、メッセンジャーRNA、ミトコンドリアDNA、マイクロRNAの発現の違いが、正倍数性胚盤胞の着床に重要な役割を果たしている可能性が提案されています。また、トリガーの種類が、発生中の胚の遺伝子発現に影響を与える可能性が示唆されています。このように、胚の倍数性に関わらず、GnRHaとhCGを用いた場合では、胚盤胞の着床能力に違いがある可能性が考えられます。そこで本研究では、トリガーの種類によって正倍数性胚盤胞の移植成績に違いがあるかを調べました。その結果、最終的な卵子成熟のためのトリガーの違いが、正倍数性胚盤胞の妊娠成績に影響を与えないことが示されました。ちなみに過去の研究において、トリガーの違いは、PGT-A検査を受けていない胚のFET周期の妊娠率に影響を及ぼさないことも報告されています。以上から、GnRHaとhCGトリガーの安全性と有効性に差はないと考えられます。