オーク会検査部です。
「ヒトの卵子には好みがあって、好きな精子を選別している。」と聞くと皆さんはどう思われますか?
私はその記事を見た時、まず「( ゚Д゚)ハァ!?」と思い、次に「卵子を擬人化して、受精のメカニズムを説明しようとしているのかな?」と思いました。ところが、精子の化学誘引に関する文献を読むと、これはどうやら事実、かもしれないのです。
精子の化学誘引とは、精子走化性物質(精子を引き付ける物質)が発する化学的信号に反応して、精子が卵子に向かって泳いでいくことです。射精前に交配相手を選択できない生物(海中に産卵する生物など)では、精子の化学誘引が同種の精子を優先的に動員して受精率を高めることが知られています。一方で、交配前に配偶者選択を行う種(ヒトを含む)では、このメカニズムについて未知の部分も多いのですが、ヒトの精子が、精子走化性物質の供給源である卵胞液にどのように反応するかを調べた実験があります(Chemical signals from eggs facilitate cryptic female choice in humans Proc Biol Sci. 2020 Jun 10;287(1928):20200805. doi: 10.1098/rspb.2020.0805. Epub 2020 Jun 10.)。
実験の内容は、ペトリ皿に精子と2人の女性(精子が由来する男性のパートナーと非パートナー)の卵胞液を配置し、様々な条件下でそれぞれの卵胞液に精子がどれだけ集まったかを解析する、というもの。結果は、卵胞液に集まった精子の数は卵胞液と精子の組み合わせに依存する、つまり卵胞液は特定の男性の精子を優先的に引き付ける、とのこと。実験は精子の運動性やペトリ皿上の移動しやすさといった条件を均一にしたうえで、各組合せで複数回行われているので、精子が選択的に引き付けられているのは確かなようです。しかも、優先的に引きつけられるのはパートナーの精子とは限らないのだとか…
それで冒頭の「ヒトの卵子には好みがあって、好きな精子を選別している。」という解釈が出てくるのですね。成程と思いつつも「精子の好みは?」と疑問が浮かんだので、そういった研究がないか調べてみようかと思っています。
ところで、卵胞液は特定の男性の精子を優先的に引き付けるというデータから、それが不妊症の原因なのでは?と心配になった方もおられるかもしれません。が、文献ではそれを示唆するデータはなかったと報告されていますし、仮にそれが不妊症の原因だったとしても、顕微授精で解決できるのでご安心ください。