胚培養士の奥平です。
細胞が持つDNAには、核DNAとミトコンドリアDNA(mtDNA)の2種類あります。通常1細胞あたり、核DNAは2コピー(両親からそれぞれ1つずつ)ですが、mtDNAは数十から数千コピー(なんと卵子では20万コピー以上)存在します。mtDNAのコピー数は、癌、神経異常、老化などのミトコンドリア機能のバイオマーカーとなり得ることが報告されています。そして、以前のブログでは、精子のmtDNAコピー数が、妊娠する可能性の予測因子となり得る研究結果を紹介しました。
今回紹介する論文では、mtDNAの量および質(変異の有無)と初期の流産との関連を調べています。
Deep sequencing shows that accumulation of potentially pathogenic mtDNA mutations rather than mtDNA copy numbers may be associated with early embryonic loss.
Journal of Assisted Reproduction and Genetics. 2020 Sep;37(9):2181-2188. doi: 10.1007/s10815-020-01893-5.
対象・方法
妊娠初期(妊娠6~10週)の自然流産(SA、n = 75)または人工中絶(IA、n = 75)の患者(20~41歳)から合計150個の絨毛サンプルが採取されました。定量的PCRと次世代シーケンサーを用いてmtDNAの量(コピー数)と変異が調べられました。CADD(ゲノムの一塩基多型や挿入、欠失による遺伝子変異の病原性(有害性)を数値データとしてスコア化したもの)スコアが15を超え、ヘテロプラスミー(全体における変異ミトコンドリアの比率)が70%以上のミスセンス変異は、潜在的な病原性変異として定義されました。
結果
SAグループの患者の平均年齢はIAグループよりも高かったです(中央値31 vs. 28, P < 0.001)。しかし、mtDNAコピー数については有意な差はありませんでした(中央値 566 vs. 614, P = 0.768)。
SAグループの絨毛サンプルの染色体異数性について調べたところ、異数性率は60%(45/75)でした。けれども、正倍数体サンプル(n = 30)と異数体サンプル(n = 45)のmtDNAコピー数に有意な差はありませんでした(中央値 516 vs. 599, P = 0.107)。
mtDNAコピー数と母体年齢が流産に及ぼす影響を解析したところ、母体年齢は流産のリスク因子であることが示されました(P = 0.001; 95% CI, 1.050-1.210)。一方、mtDNAコピー数は流産とは関連していませんでした(P = 0.196; 95%CI, 1.000-1.001)。
mtDNAの変異に関しては、14個の変異がSAグループ特異的に、10個の変異がIAグループ特異的に、11個の変異が両方のグループで見つかりました。また、3種類のミトコンドリア遺伝子(ND2, ATP8, Cyt b)については高頻度で変異が見つかりました。特にND2遺伝子の変異の割合については、SAグループの方がIAグループよりも高かったです(26.67%, 20/75 vs. 13.33%, 10/75, P = 0.041)。
SAグループではIAグループと比較して、より多くの患者が絨毛に病原性の可能性のあるmtDNA変異を保有していました(70.7%, 53/75 vs. 54.7%, 41/75, P < 0.05)。しかし、正倍数体と異数体の間ではmtDNA変異の有意な差はありませんでした(80%, 24/30 vs. 64.4%, 29/45, P = 0.147)。
解説
本研究は、妊娠初期の流産における絨毛のmtDNAの量と変異を調べた初めての研究です。結果として、初期流産と異数性の発生は、mtDNAのコピー数とは関連がありませんでした。また、SA患者は、絨毛のmtDNAに病原性変異がある可能性が高いことがわかりました。特にND2遺伝子の変異の割合については、SAグループの方がIAグループよりも高い結果となりました。過去に母体血中のND遺伝子の変異は、流産に関連していることが報告されており、本研究の結果は興味深いです。ただし、mtDNAの変異の蓄積が妊娠初期の流産を引き起こしたかどうかは、さらなる研究が必要となります。