検査部の奥平です。
酸化ストレスなどにより精子がダメージを受けると、DNAが一本鎖または二本鎖に切断される精子のDNA断片化(SDF)が引き起こされます。SDFは、男性不妊の原因になるだけではなく、生殖成績に悪影響を及ぼし、子どもの遺伝性疾患のリスクを高めることが示唆されています。また、卵子の質がSDFの妊娠への悪影響を左右することが、これまでにわかっています。しかし、SDFの影響が卵子の年齢に依存するかどうかは、まだ解明されていませんでした。
今回は、異なる年齢層の女性におけるICSIの結果にSDFが与える影響を検討した論文を紹介します。
Oocyte ability to repair sperm DNA fragmentation: the impact of maternal age on intracytoplasmic sperm injection outcomes.
Fertility and Sterility. 2021 Feb 12:S0015-0282(20)32617-0. doi: 10.1016/j.fertnstert.2020.10.045.
対象・方法
2017年6月から2019年12月の間に、ICSIを行った540組のカップルを対象にした、後ろ向きコホート研究です。各周期は、女性の年齢によって3つのグループに分けられました:36歳以下(n = 285)、37~40歳 (n = 147)、および 40歳より上(n = 108)。精液サンプルは、精子クロマチン分散試験(ハロースパームテスト)を用いてSDFを評価し、各年齢グループについて、SDF指数に応じて、低断片化指数(30%未満SDF)と高断片化指数(30%以上SDF)の2つの周期に再度分けられました。
結果
36歳以下と37歳~40歳の女性の場合、SDFが30%未満の周期と30%以上の周期間では、培養結果と臨床結果に有意な差は認められませんでした。
女性の年齢が40歳を超えている場合、SDFが30%以上の周期では、30%未満の周期と比べて、Day 3の高品質胚の割合、胚盤胞形成率、高品質な胚盤胞の割合、着床率および妊娠率が有意に低下し、流産率が有意に増加しました。
解説
精子はDNA修復活性(DRA)を持っていないため、受精後では、DRAは卵成熟中に蓄えられた卵子の転写産物によって行われます。ヒトの成熟卵子には、全てのDNA修復経路の成分が含まれていることがわかっています。そして、卵子がSDFを修復する能力は、SDFの程度、細胞質やゲノムの質に依存します。実際、ドナー卵子を用いた研究で、卵子の質がSDFの妊娠への悪影響を左右することが以前に証明されています。卵子の質の低下の主な原因は女性の加齢です。そこで著者らは、「母体年齢が高い女性の卵子はSDFを修復する可能性が低く、その結果、妊娠成績が低下する」という仮説を立て、本研究を行いました。その結果、40歳を超えた女性において、SDFが30%以上の周期では、30%未満の周期と比較して、胚の質、胚盤胞の発育、着床率および妊娠率の低下、流産率の増加が認められました。これらの結果は、著者らの仮説を裏付けるものであり、母体年齢の上昇が卵子の転写産物の蓄積量やDRAの減少と関連することを示した過去の報告とも一致しました。
卵子の加齢は止めることが出来ないため、著者らは、不妊治療の前に男性側での精子の改善を推奨しています。賛否両論ありますが、SDFは、環境やライフスタイルの改善、食事療法や抗酸化物質の補給によって治療可能であることが示唆されています。しかし、ビタミンや抗酸化物質を無差別に摂取すると、精子に悪影響を与える可能性があることが以前に示唆されているため、事前に医師とよく相談することをお勧めします。また、当院でも行っているヒアルロン酸結合精子選別法もDNA損傷の少ない精子の選択に有用です。