理事長の中村嘉孝です。
体外受精で受精卵の時から見てきた赤ちゃんが、元気に生まれてくる場に立ち会えることは、不妊治療に携わる産婦人科医として、大きな喜びでした。
にもかかわらず、当院が分娩の取り扱いをやめざるをえなかった最大の理由は、内診問題でした。
これは、平成16年に厚生労働省の看護課長が出した一片の通達によって、従来から行われてきた看護師による内診が禁止されたことにあります。
この通達は、助産師の業界団体の意向を受けて出されたのですが、その背景には代替医療としての助産学の論理があります。「助産学は、現代医学の一部である産科学と同じじゃないの?」と思われるでしょうが、助産学はそう考えていません。
助産師には特有の論理があり、産科学=過剰な科学主義VS助産学=自然分娩という図式をもっています。
前に申し上げた通り、別に私はそのような代替医療の自然主義的誤謬そのものに目くじらを立てるつもりはありません。妊婦がそれで癒されるなら、それはそれで結構なことだと思っています。
しかし、産科には母子の生命に直結する緊急事態がつきものです。
例えば、赤ちゃんが出口でつかえて苦しい時に産科医が外陰部を切開して出すことがありますが、助産師はこの処置に反対したりします。
考えてもみて下さい。そのまま生まれてくれたら縫合する手間も省けて、早く当直室に戻って寝ることができるのに、何のために好き好んで切開するでしょうか。にもかかわらず、「産科医はすぐに切開したがるが、それにストップをかけるのが助産師の役割」と助産学では考えているのです。
ですので、自然分娩に妙な思い入れのない看護師を補助者として、産科医の主導で分娩を取り扱う方が安全だと、私は考えています。
もちろん、科学的な考えをお持ちの助産師の方々もおられますが、分娩は24時間365日体制です。
助産学特有の論理に妥協しなければ、それをカバーするだけの人数が集まりません。
そういう事情もあって、他の代替医療には厳しい態度の医学界なのに、助産学の非科学的信念に対しては、むしろ迎合する傾向にさえあります。
事実、いろいろな方から「うまくおだてておけば、いいじゃないか」と言われました。
正直、分娩をやめるのは経営的に大きな打撃だったので、迷いもありました。しかし、実際に危険な事例をみてきたので、経営上の理由で妥協することは、私にはできなかったのです。
(内診問題にご興味をお持ちいただけるようでしたら、当時、私が報道向けに送付した文書がネットに流れています。「内診問題の真相」で検索していただければ、すぐに出てきますので、ご参考になれば幸いです。)