理事長の中村嘉孝です。前回の続きです。
研修医として麻酔科を回っていたときのこと。
40代半ばの卵巣嚢腫の患者さんの担当となり、病室を訪ねて術前の診察をし、全身麻酔について説明をしました。
「筋弛緩をかけると呼吸が止まりますが、そこで気道に管を入れます。」
「えっ、息が止まるんですか?」と彼女は、飛び上がらんばかりに驚きました。
「そうです、息が止まります。」
「そんなことして、大丈夫なの?」 蒼白になって、彼女は聞きます。
「ええ、万一うまく管が入らなかったりしたら、気管を切開したりしますから。」
「………」
「本当にとても稀なことですから、大丈夫です。100%とまでは言えませんけど。」
「………」
その夜、彼女は病室から消えました。病棟は大騒ぎで、もちろん手術はキャンセルになり、私は上司に呼び出しを喰らいました。
「インフォームド・コンセントとるのに必要な説明をしだだけですよ。」
「患者が不安になることを説明するな。挿管困難のことまで説明するバカがあるか!」
納得できないまま、怒られて終わりましたが、最近の報道で、その大学で医療訴訟があり、挿管困難の説明をしていなかったことで敗訴したと知りました。
聞くところによると、その後は挿管困難も説明の文書に盛り込んでいるそうです。
さて、件の患者さんですが、結局、知り合いの医師が説得し、全身麻酔ではなく腰椎麻酔で、無事、手術は終わりました。