理事長の中村嘉孝です。
開院の当初は、出産と不妊治療を両方していました。出産は命の危険と隣り合わせの営みで、医療の管理下にあって、はじめて安全に行うことができます。
しかし一方で、ご家族にとっては大切な記念の時でもあります。
産後の経過に問題がない時には、医療の言説に煩わされることなく、ゆっくりとホテルに滞在しているかのように、くつろいで過ごしていただきたいと、私は考えていました。
ところが、医療機関の職員は、どうしても一々、指導的立場にたって患者に接してしまいます。そのような態度で、せっかくの記念の時を台無しにしないよう、自戒を込めて、単なるサービスではなく、あえて「ホテル」のサービスを謳ってきたのです。
それでは、不妊治療についてはどうでしょうか。
体外受精が、民間の医療機関で主に行われるのには、いくつかの理由があります。
一つには健康保険が適用されていないことがあります。
また、一つには、エンブリオロジストの法的位置づけが不明瞭なこともあります。
しかしなりよりも、倫理的問題を孕んでいることが、その最大の原因ではないでしょうか。
社会が態度を決めかねている問題について、いくらニーズがあるからといって公的医療機関が積極的に取り組むことははばかられます。
今は、体外受精といっても誰も驚きませんが、当初は「試験管ベビー」と呼ばれ、大変な議論でした。
10年前、開院のための融資のお願いで、いくつもの銀行を回りましたが、担当者からは、「体外受精って、本当は違法じゃないんですか」と何度もたずねられました。
もちろん違法行為はできませんが、たとえ社会的議論があろうとも、民間の医療機関は、あくまでプライベートな医師-患者関係によって、患者自身の利益のために診療を行います。
当然、公的機関などのいうプライバシー保護を超えた守秘義務を、自らに課しています。
これは、ホテルの倫理と共通しているように、思います。
ホテルは、ゲストについて余計な詮索はしません。
密談の行われるレストランの奥の席で、少し離れて控えているウェイターが何を耳にしても、決して口外することはありません。
現在の日本社会においては、あくまでかりそめのこととはいえ、特権的立場のお客様に仕えるというホテルのサービスの精神が、もっともプライベート・クリニックにふさわしいサービスの類型に、私には思えるのです。
さて、体外受精以外の婦人科診療も、内科などより、はるかにプライベートな感覚が強くなります。
ですので、同じホテルグレードのサービスを当院の方針としているのですが、保険診療の公的性格からくる制約などがあり、必ずしもうまく行かない場合があります。