理事長の中村嘉孝です。
鰻職人になるには「串打ち三年、焼き一生」などというそうです。
たしかにどんな仕事でも、精通するには年月がかかるとは思いますが、一方で、帝国ホテルの料理顧問だった故村上信夫氏が、著書に次のようなことを書いておられました。
「昔は西洋料理といえばビフテキしかなかったので、一人前にステーキを焼けるようになるには10年かかるといわれた。本当は、そんなことはなく、すぐにできるようになる。」
「皿洗いから修行」などとよく言いますが、下働きをする者を繋ぎとめておくための方便として、徒弟制度が機能していたのでしょう。確かに皿洗いで学ぶべきことはありますが、それは、いかに皿を早くきれいに磨き上げるかという技術以外のなにものでもありません。
「皿洗いは熟練を要しないが、大切な作業工程の一つで、それを疎かにしてはならない」というなら、当然のことです。また、「料理の勉強はともかく、皿を洗う人間が必要だから皿洗いをせよ」という論理であれば、分かります。そして、「皿洗いの対価として、調理技術を教える」と言われるのなら、納得します。
しかし、「皿洗いから料理の心を学べ」などという精神論はいかがかと思います。
さて、サイエンスの論理で合理的なように思われる医療の世界でも、このような傾向があります。
特に、外科系は手技のトレーニングが多く、徒弟制度のような研修体制にならざるを得ないのですが、これも、最近の学生から外科系が敬遠されている理由の一つではないかと私は思います。
当院では、エンブリオロジストのトレーニングに全力を挙げています。体外受精の技術習得は、確かに時間がかかりますが、「自分が習得するのに3年かかった技術は、後輩が2年で習得できるように」と、指導にあたるスーパーバイザーたちは心掛けています。
中には一人前になったと思ったら、ほどなく結婚退社などで当院を離れていってしまう場合もあります。
しかし、別の地でエンブリオロジストとして多くの不妊のご夫婦の助けとなっているのであれば、それはそれで良かったと思っています。
そして幸いなことには、そういう指導体制が結果的に「下働き」の仕事を厭わないカルチャーを生み出しているようで、心から嬉しく思っています。