理事長の中村嘉孝です。
妊婦血液による胎児染色体検査の話の続きですが、産科婦人科学会は会見の中で、この検査が商業主義で行われることについても批判していました。
しかし、報道にもある通り、この検査は米国の民間企業が開発したもので、まさに商業主義から生まれた検査なのです。なぜ、商業主義=悪という単純な図式を振り回すのでしょうか。
学会の倫理規定が一定の効力を持ち、行政権力のように振舞っているのも、経済的な理由が背後にあるからです。
学会を除名になれば、中絶の資格である母体保護法指定医の更新ができませんし、学会の体外受精登録施設でなければ、患者さんが助成金を受けることができません。
そうでなければ、数多くの施設がPGDをしているはずです。
一部のクリニックがPGDを発表するのは、除名されてもそちらの方が、利益が多いと考えるからです。
一方、他が追随しないのは、今後の動向も考えて損得勘定をしているからでしょう。
また、金銭欲が動機の研究を悪というなら、名誉欲や支配欲や権力欲が動機の研究活動はどうなるのでしょうか。そもそも、学会が主導して試験を行うことに何の経済的な利得もないのでしょうか。
医学会には製薬会社、機器メーカーなど多くのスポンサーがつくことはよく知られています。
医者に対する直接の接待はほとんどなくなりましたが、講演会の座長や演者になることで多額の金銭的報酬を手にすることができます。本分である教育や臨床そっちのけで、講演会に飛び回っている教授や公立病院の部長もめずらしくありません。企業と顧問契約を結ぶ場合もあります。
念のためにいうと、私はそれを批判しているわけではありません。
人間は総じてそれほど高潔なわけではありませんから、金銭欲が背後にあったとしても、自由な経済活動を通じて社会に有為な結果となるのであれば、それでよいと思っています。
ただ、「他人を非難するときには、よほど、自らを省みられたい」というだけのことです。
もちろん、医療が単純にビジネスと割り切って行うことのできるものでないことは、私も承知しているつもりです。
しかし、それは個々の医者の心の内の問題であって、学会が「倫理」を決めるのは見当違いのことと思います。
さて、私がよく参考にしている”UpToDate”というオンラインサービスは、各分野の専門家の見解のデータベースで、この検査については、”Determining fetal sex is perhaps the most straightforward use of noninvasive fetal testing.”とあります。
各妊娠週数での検査精度について数字を示した後、”their availability raises important ethical concerns.”と客観的に書かれているだけです。このように倫理問題があることを示すのは責務ですが、「何が倫理的なのか」は、医学の専門家が答えるべきことではありません。
ちなみに、この”UpToDate”、商業ベースではあるものの、製薬会社などの広告は一切とらず、購読者の年間契約料だけで運営しているという稀有なサイトです。
もちろん、当院でも自らの襟を正すべく、製薬会社などからの接待は一切、お断りをしております。
利害関係なく、患者様にとって私たちがベストと信じる診療を行っておりますので、どうぞご安心下さい。
(…あっ、しまった。この間の学会のランチョン・セミナーでS社の弁当を食べてしまった!)
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「メディアで取り上げられ、オプラ・ウィンフリーなどの芸能人のトーク番組でも特集が組まれている。
民間企業はDNA検査サービスを直接、市民に売り込みはじめた。…… 私は目を皿のようにして、三社の検査結果におかしなところがないか探してみたが、一つも見つからなかった。つまり、三社のDNA分析はたいへん高品質だということだ。」
(『遺伝子医療革命』フランシス・S・コリンズ著、矢野真千子訳 NHK出版)