医師の船曳美也子です。
体外受精の刺激法でおきる合併症の一つにOHSS(卵巣過剰刺激症候群)があります。
日常は一つしか成長しない卵胞が複数個発育するので、卵巣が腫れます。
軽度であれば、違和感もしくは月経痛様の痛みが採卵後の数日間ある位なのですが、中等度をこえると腹水が増えます。これは、血管からの水分が血管外へ移動するためで、血管内は水分がへるので血液が濃縮し、ひどくなると血栓を作りやすくなります。
重度OHSSでは、非常にまれですが、重症な血栓症をおこす場合があります。
では、なぜ卵胞が多く発育すると腹水がたまるのか。
それは、排卵のとき、卵胞の顆粒膜や卵巣表面の上皮細胞からVEGF(vascular endothelial growth factor)というタンパクがでるからです。
VEGFそのものは、卵子が卵巣の皮をやぶってでていく「排卵」という一種の炎症反応に必要なタンパクですが、VEGFが増えると、血管の透過性が亢進することがわかっています。つまり、血管から水がもれやすくなり、腹水がたまるのです。
VEGF、VEGFR2は、卵胞が発育してから卵胞液中に分泌しますが、hCG注射により分泌が加速し48時間後にピークとなります。hCGは自然のLHより長く作用がつづきます。
よって、OHSS対策の1つに、hCG注射をせずに、GnRH製剤(ブセレキュア―)で自然のLH分泌による卵子成熟を促すこともあります。
他に、Cabergoline(カバサール)という、ドーパミン作動薬を使用する方法もあります。
Cabergolineはプロラクチンを下げるための薬です。
2001年頃、高プロラクチン血症でPCOSの方に対して、まずプロラクチンを下げてからIVFした群は、薬を使用せずにIVFをした群よりOHSSが発症しにくいという報告がありました。が、機序は不明でした。
ドーパミン作動薬とVEGFの関係は、がん治療の基礎研究から解明されつつあります。VEGFは血管増殖にも作用するのですが、ガン周辺のドーパミン作動神経を切除すると、VEGFを介し血管増殖し、腫瘍が成長しました。つまり、ドーパミンが
VEGFの作用を抑制しているらしいのです。
その後、2007年ころから、高プロラクチン血症がなくても、IVFでドーパミン作動薬を併用したらOHSSがへった、という報告がではじめます。
最近は、使用して生まれた子供にも影響がないことが報告されています。
まだ、作用機序の解明は完全でなく、適応外処方ですが、当院でもOHSS対策にドーパミン作動薬を使用することにしました。
新しい薬はいろいろ使ってみたくなりますが、最終ゴールは健やかなこどもの成長、安全性を第一に考えたいと思っています。