理事長の中村嘉孝です。
米国生殖医学会は今年で75周年を迎え、学会誌 ”Fertility and Sterility” の記念号が先月、届きました。これまでの論文の中から生殖医療に大きな発展をもたらした25本を選んでコメントと共に掲載しています。
当然、体外受精などない時代からのレトロな論文もあります。もう原本がないのでしょう。ペンで書き込みのあるページのコピーもあります。いずれも興味深いものでした。
さて、不妊治療を受けておられる皆さんはクロミッドはよくご存知かと思います。エストロゲン(女性ホルモン)とよく似た構造をしていてるために、エストロゲンのふりをしてエストロゲンの邪魔をします。だから、卵胞からエストロゲンが出ていないと脳が誤解し、もっと卵胞が育つようにと刺激するホルモンが出て卵胞が育ちます。
大昔からあるレトロな薬で、安価で広く使われていますが、残念なことに子宮内膜のエストロゲン受容体もブロックしてしまうので、子宮内膜が薄くなってしまいます。せっかく排卵して受精卵ができても、着床するための内膜が育っていないというミスマッチが起きてしまうのです。
一方で、レトロじゃないけどレトロゾールという薬があります。乳がんの治療薬として開発されたものです。乳がんにはエストロゲンで悪化するタイプのものがあって、レトロゾールは、エストロゲンをブロックすることでこれを防ぎます。
先ほどの記念号には、このレトロゾールとクロミッドを比較した臨床研究の論文もありました。2001年の論文なので、決してレトロとまでは言えませんね。
ブロックの仕方が違うけれど、エストロゲンをブロックするという点ではクロミッドと同じ。そして、実際にレトロゾールを使ってみると間違いなく卵胞が育つ一方、内膜は薄くなりませんでした。
その後、大規模な臨床試験が行われ、累積妊娠率はクロミッドで19.1%、レトロゾールで25.5%でした。
「だったら、どうしてクロミッドを出すの?レトロゾールを出すべきでしょ!」と思われたのではないでしょうか。
はい、もちろんその通りです。この論文が出た頃からずっとそうしたいと思っています。でも、健康保険制度の問題があるのです。
レトロゾールの適応は乳がんだけで、排卵誘発には保険が通らないのです。そして、レトロゾールを使ってタイミング法をするのに薬の分だけ自費というわけにはいかず、診察料も超音波検査料もすべて自費になってしまうのです。
正直、そこまで費用をかけるのであれば体外受精に進まれる方がコスパがいいと一般的にはお勧めしているのですが、もちろん、レトロゾールのタイミング法を試してみたいという方には対応していますので、ご興味があればお尋ね下さい。
それにしても面白い特集でした。温故知新、レトロな治療に学ぶべきことは学び、それをもとに新しい治療を積極的に取り入れていかなければならない。改めて、そう思いました。
ちなみに懐古のレトロはRetro、レトロゾールはLetrozoleで特に関係はありません。