検査部の奥平です。
DNAメチル化は、着床前の胚の発育過程において、細胞が将来どの系統に分化するかに影響を与えるエピジェネティックな制御機構です。
また、DNAメチル化は、遺伝子発現を制御し、正常な発生に不可欠な役割を果たしています。
これらから、初期発生においてDNAメチル化は重要であり、胚のメチル化プロファイルは、胚の質と生殖能力を反映している可能性が考えられます。
今回紹介する論文では、胚盤胞のメチル化レベルと染色体倍数性、年齢、胚盤胞形成の時期との相関に焦点を当てて研究を行っています。
Evaluation of genome-wide DNA methylation profile of human embryos with different developmental competences
Human Reproduction, deab074, https://doi.org/10.1093/humrep/deab074
対象・方法
ランダムに選んだ30個のヒト胚盤胞から栄養外胚葉生検サンプルを採取して、全ゲノムバイサルファイトシーケンス(WGBS)を行い、DNAメチル化プロファイルを評価しました。
胚の同一性を共変量として、DNAメチル化レベルと、倍数性の状態(異数性(n = 20)と倍数性(n = 10))、女性の年齢(29.4‐42.5歳)、胚盤胞形成の時期(day 5(n = 16)とday 6(n =14))との間の関連を、ネスト線形モデルを用いて解析しました。
結果
異数性胚は、倍数性胚に比べて、ゲノム全体のDNAメチル化レベルが増加していました(中央値25.4%±3.2% vs. 24.7%±3.2%、P < 0.005)。
胚盤胞のゲノム全体のDNAメチル化レベルは、女性の年齢とともに増加することがわかりました(P < 0.0001)。
day 5とday 6の胚盤胞の間では、DNAメチル化レベルに有意な差はありませんでした(中央値25.2%±3.8% vs. 26.1%±2.9%、P = 0.99)。
染色体単位で見ると、モノソミー胚では関与する染色体(-4, -13, -16, -17, -21, -22)のメチル化レベルが低い(P < 0.0001)のに対し、トリソミー胚では関与する染色体(+7, +13, +15, +19, +21)にメチル化の増加も減少も見られませんでした(P = 0.96)。
解説
着床前の発生過程で起こるゲノム全体のエピジェネティックなリプログラミングは、受精と同時に始まり、胚盤胞形成まで続きます。
これは、正常な胚および胎児の発達に不可欠です。
初期発生におけるDNAメチル化を介したエピジェネティックな制御の重要性にもかかわらず、発生能力の異なる胚が胚盤胞期に異なるDNAメチル化プロファイルを示すかどうかは、これまで明らかになっていませんでした。
本研究により、胚盤胞の栄養外胚葉のメチル化プロファイルと染色体異数性および母体年齢との相関が示されました。
また、day 5とday 6の胚のメチル化レベルに差がないという結果は、成長速度にかかわらず、胚盤胞期に到達した胚は、同様のメチル化パターンを達成していることを示しています。
今回の結果から、ゲノム全体のメチル化レベルが胚の質と負の相関関係にある可能性が示唆されました。
しかし、今回用いた手法を胚の能力評価に実用化するためには、より多くの胚でWGBS解析を行い、着床や生児の誕生との相関を具体的に検討する必要があります。