検査部の奥平です。
ある報告では、男性不妊症の30~80%において、酸化ストレスが精子の質の低下の原因となっている可能性が示唆されています。そのため、男性不妊症の治療に抗酸化剤を使用することが提案されています。以前のブログ(2021年5月7日)で抗酸化物質であるコエンザイムQ10が精子の質を高める話をしました。今回は、同じく抗酸化物質としてよく知られているビタミンE(α-トコフェロール)に関する内容です。
Effect of vitamin E administered to men in infertile couples on sperm and assisted reproduction outcomes: a double-blind randomized study.
F&S Reports. VOLUME 1, ISSUE 3, P219-226, DECEMBER 01, 2020.
DOI:https://doi.org/10.1016/j.xfre.2020.09.006
対象・方法
2012年3月~2014年6月の間に体外受精(IVFまたはICSI)を受けた101組のカップルを対象とした二重盲検ランダム化試験です。対象カップルの体外受精の主な適応症は男性因子不妊症(65.5%)でした。精子の診断で多かったのは、正常精子(34.5%)、乏精子症(15.9%)、精子無力症(12.4%)、奇形精子症(33.6%)でした。101組の内、50組はビタミンE群、51組はプラセボ(有効成分を含んでいない偽薬)群に分けられました。それぞれの群の男性は、ビタミンE(400 mg/日)もしくはプラセボ薬を3ヶ月間摂取しました(ヒトの精子形成は約72日間かかるため)。そして、治療前と治療後の精子所見、治療後の体外受精成績を比較検討しています。
結果
<精子所見>
プラセボ群では、精子濃度、前進運動率、正常形態率、総運動精子数が統計学的に有意に増加しました。
ビタミンE群では、前進運動率、総運動精子数が統計学的に有意に増加しました。
治療後の精子所見を両群間で比較したところ、正常形態率がプラセボ群で有意に高かった以外は、ほぼ同じ結果が得られました。
<体外受精成績>
受精率はプラセボ群で有意に高かったが、平均受精卵数は両群で同等でした。また、day3で高品質の胚を1個以上得たカップルの割合も同程度でした。
ビタミンE群では、移植あたりの臨床妊娠率(オッズ比 2.34)、着床率(オッズ比 1.94)が高くなる傾向が見られたが、有意な差はありませんでした。
移植あたりの出産率は、ビタミンE群で有意に高かったです(オッズ比 2.75)。
解説
精子所見に対するビタミンEの効果は、プラセボの効果よりも優れていませんでした。しかし、不妊男性のビタミンE補給は、プラセボより統計学的に有意に高い出産率と関連していました。
本研究で興味深かったのは、ビタミンEとプラセボのどちらを摂取したかにかかわらず、3ヶ月の治療後に多くの精子所見の改善が見られたことです。この点については、著者らはホーソン効果によるものではないかと推察しています。ホーソン効果とは、患者が医師に期待されていると感じることで、行動を変化させる傾向があり、結果的に病気が良くなる(良くなったように感じる)現象のことで、プラセボ効果と似ています。今回の場合では、男性がより健康的な生活習慣(運動、食事、喫煙、飲酒など)を取り入れ、これらの変化が精子所見の改善につながったと考えています。特別な薬剤を摂取せずとも、生活習慣のコントロールによって十分に精子の質が改善される可能性を改めて認識しました。
ビタミンE摂取により出産率が高まりましたが、その詳細なメカニズムは分かりません。おそらく、抗酸化作用以外のビタミンEの生理的作用や精子のDNA断片化などが関連していると思われますが、さらなる研究が必要です。