卵巣刺激は胚の染色体正倍数性に影響するのか?

卵巣刺激は胚の染色体正倍数性に影響するのか?

検査部の奥平です。

生殖補助医療では、卵巣に刺激を与えて卵子をたくさん採取し、なるべく多くの良好胚を作成しようとする治療方針が選ばれることがあります。しかし、いくつかの研究では、刺激に対する反応が高いと胚毒性が生じる可能性や、減数分裂の際に染色体の異常分離が促進されて異数性率が上昇する可能性が示唆されています。また、ある小規模な研究において、高用量のゴナドトロピンによる刺激を受けた女性の異数性率が高いことが示されています。さらに、正倍数性率の違いは、異なる刺激方法に起因することを示唆した報告もあります。
もしこれらの知見が正確ならば、高刺激によって胚がたくさん作成できても、正常な胚は少ないといった本末転倒な話になってしまいます。
よって、卵巣刺激を受けている女性において、外因性ゴナドトロピンが胚の正倍数性に及ぼす影響を明らかにすることは、最適な刺激方法を選択するために重要となります。今回紹介する論文は、「卵巣刺激が、胚の正倍数性率や正倍数性胚移植後の出産率に及ぼす影響」について調べた大規模な研究となっています。

No effect of ovarian stimulation and oocyte yield on euploidy and live birth rates: an analysis of 12 298 trophectoderm biopsies.
Hum Reprod. 2020 May 1;35(5):1082-1089. doi: 10.1093/humrep/deaa028.

対象・方法
本研究は、2013年~2017年の間に、アメリカの1つの不妊治療施設で実施され、PGT-Aを伴う体外受精周期(n = 2230)と単一凍結融解正倍数性胚移植周期(n = 930)を対象とした後ろ向きコホート研究です。合計12,298個の胚の倍数性の状態が調べられました。女性の年齢を5つのグループ(<35、35–37、38–40、41–42、>42歳)に分け、刺激期間(<10、10–12、≥13日)、総ゴナドトロピン量(<4,000、4,000–6,000、>6,000 IU)、採卵数(<10、10–19、 ≥20個)、エストラジオールのピーク値(<2,000、2,000–3,000、>3,000 pg/mL)、トリガー時の最大卵胞径(<20、≥20 mm)が異なるときの成績を比較しています。

結果
生検された胚の数、正倍数性率、正倍数性胚の数は、<35群で最も多く、女性の年齢が上がるにつれて徐々に減少しました。正倍数性胚が得られなかった周期率は、<35歳群で最も低く(5.2%)、>42歳群で最も高かった(74%)です(P<0.001)。 刺激期間、総ゴナドトロピン量、採卵数、エストラジオールのピーク値、トリガー時の最大卵胞径は、どの年齢群においても、正倍数性率および正倍数性胚移植後の出産率に影響を与えませんでした(P>0.05)。

解説
今回得られた知見は、ゴナドトロピンの投与量、卵巣刺激の期間、エストラジオールレベル、トリガー時の卵胞サイズ、採取した卵子の数が一定の範囲内であれば、女性の年齢にかかわらず、胚の正倍数性率や出産率に有意な影響を及ぼさないと考えられ、医療従事者や卵巣刺激を受けられる患者様にとって安心材料となりました。本研究は大規模なものであり(2,230回のIVF/PGT-A周期、12,298個の胚、930回の単一凍結融解胚移植周期)、胚の正倍数性に対する卵巣刺激の安全性は高いと考えられますが、単一施設でのデータであるため、多施設で検証する必要はあります。