染色体の構造異常

染色体の構造異常

こんにちは。培養士の垣井です。

染色体の構造異常

染色体の構造異常と不妊(infertility)には深い関連があります。染色体の構造に異常があると、生殖能力に影響を及ぼし、不妊の原因となることがあります。本ブログでは、染色体構造異常と不妊の関係について解説します。

染色体の構造異常とは

まず初めに、染色体は、細胞の核内に存在し、長いDNA鎖と特定のタンパク質で形成される遺伝情報を担う構造体です。ヒトは通常、46本の染色体(22対の常染色体と1対の性染色体)を持っており、各染色体は、数千から数万の遺伝子を含んでいます。遺伝子とは、DNA上の特定の領域に存在し、RNAやタンパク質をコードする情報を持つ部位です。遺伝子が発現することで、細胞は機能や発達、性質が決定します。その為、遺伝子の変異は疾患や特性に影響を与えることがあります。

染色体の構造異常とは、染色体の形や構造が正常とは異なる状態を指します。これらの異常は、染色体の一部が欠失、重複、逆位、転座などを引き起こすことで生じます。また構造異常が起こった染色体部位に遺伝子が存在した場合、遺伝子の発現に影響をきたす可能性があり、その結果、病状を示す場合もあります。

以下に、主な染色体構造異常のタイプを示します。

  1. 欠失(Deletion)
    • 概要: 染色体の一部が失われている状態です。失われた染色体上にある遺伝物質が欠けることで、遺伝子が機能せず、さまざまな遺伝性疾患を引き起こす可能性があります。
    • : 5p欠失症候群(クリドゥシャ症候群)は、5番染色体の短腕の一部が欠失することで生じます。
  2. 重複(Duplication)
    • 概要: 染色体の一部が重複し、同じ遺伝子が2セット以上存在する状態です。重複によって遺伝子の過剰発現が起こり、発達障害や先天性異常が生じることがあります。
    • : シャルコー・マリー・トゥース病1A型は、17番染色体上のPMP22遺伝子の重複によって引き起こされます。
  3. 逆位(Inversion)
    • 概要: 染色体の一部が逆向きになって元の位置に戻る異常です。遺伝子のバランスが保たれていれば無症状のことが多いですが、減数分裂時に不均衡な配偶子が形成されるリスクがあります。不均衡な配偶子は受精卵の発育不良や流産を引き起こす可能性があります。詳しくは、下記の「均衡型構造異常」にて示させていただきます。
    • : 逆位の位置や大きさによって影響が異なるため、具体的な症候群名がついていないことが多いです。
  4. 転座(Translocation)
    • 概要: 2本の異なる染色体の一部が交換される状態です。転座には、相互転座(2本の染色体が互いに一部を交換する)とロバートソン転座(2本のアクロセントリック染色体が融合する)があります。
    • : ロバートソン転座では、13番染色体と14番染色体が融合することが多いです。相互転座は、不均衡な染色体異常を持つ子供が生まれるリスクがあります。
  5. 挿入(Insertion)
    • 概要: 一部の染色体が他の染色体の中に挿入される異常です。挿入部分に重要な遺伝子が含まれると、発達異常や疾患の原因になることがあります。
    • : 挿入は稀なケースが多いですが、特定の遺伝性疾患や症候群に関連する場合があります。
  6. リング染色体(Ring Chromosome)
    • 概要: 染色体の両端が切断され、環状に結合した状態です。リング染色体は細胞分裂時に正常に分配されないことが多く、発達障害やその他の症状を引き起こすことがあります。
    • : 18番染色体が環状になることで生じるリング18染色体症候群があります。
  7. アイソクロモソーム(Isochromosome)
    • 概要: 染色体が通常とは異なる方向に分裂し、同じ腕が2つ存在する異常です。この異常により、特定の遺伝子の過剰または欠失が生じます。
    • : アイソクロモソームXqは、ターナー症候群の一部の症例で見られる異常です。
  8. マイクロデリーション/マイクロデュプリケーション
    • 概要: 通常の染色体分析では検出できないほど小さな欠失や重複が生じる異常です。これにより、特定の遺伝子や遺伝子群の過剰または欠失が起こり、特定の遺伝性疾患につながります。
    • : 22q11.2欠失症候群(ディジョージ症候群)は、22番染色体の一部の小さな欠失によって引き起こされます。
染色体異常
構造異常とDNA量の関係

染色体の構造異常には、DNA量が変化する場合と変化しない場合があります。

  • 不均衡型構造異常(Unbalanced Structural Abnormalities): 遺伝物質の一部が欠失または重複するため、DNA量の変化が見られ、発達障害や先天性異常の原因となることがあります。例)欠失、重複、挿入、リング染色体、ロバートソン転座、不均衡型相互転座
  • 均衡型構造異常(Balanced Structural Abnormalities): 染色体の一部が他の染色体に移動したり、逆向きになったりしても、全体として遺伝物質の量に変化はありません。例)均衡型相互転座、逆位
構造異常とDNA量の関係

不妊治療において特に注意が必要なのは、均衡型構造異常かもしれません。このタイプの異常は、個人に明らかな健康問題を引き起こすことが少ないため、自分が均衡型構造異常を持っていることに気づかないことが多いです。しかし、均衡型構造異常を持つ人が生殖細胞(精子または卵子)を形成する際、減数分裂過程で染色体が正常に分配されず、不均衡な染色体を持つ生殖細胞が形成される可能性があります。この異常な生殖細胞が受精すると、受精卵が正常に発育できず、着床や妊娠がうまくいかない、あるいは早期流産の原因となることがあります。また、出産に至った場合でも、不均衡型の染色体を持つ子どもは、発達障害や先天性異常を伴うことがあります。

均衡型相互転座の場合、一般的には、約50%の確率で親からの均衡型または正常な染色体構成が子に受け継がれ、残りの50%で不均衡型(遺伝子の欠失や重複を伴う)の染色体が受け継がれる可能性があります。ただし、正確な確率は転座の部位や種類により異なります。

逆位の場合は、不均衡型の胚が形成される確率は、逆位の位置や大きさに依存します。小さな逆位であれば、リスクは比較的低く、数%から10%程度と言われていますが、大きな逆位や重要な遺伝子を含む場合、そのリスクは高くなります。

染色体検査について

染色体検査を行うことで、染色体に異常があるかどうかを正確に調べることができます。もし異常が見つかった場合、そのカップルは遺伝カウンセリングを受けることができ、将来子供を持つときのリスクについて相談できます。これにより、リスクに対する適切な対応が可能になります。

染色体構造異常の有無は検査により診断可能となり、一般的にはGバンド法が用いられています。Gバンド(G-banding)は、染色体のバンドパターンを解析するための染色技術の一つで、染色体の特定の領域が濃く(Gバンド)、他の領域が淡く(Gバンド間)染色されます。各染色体は、個別のバンドパターンを持っており、これを基にして染色体の同定や異常の検出が行われます。

染色体の構造異常が検出されたカップルには、遺伝カウンセリングをお受けいただくことを推奨しております。遺伝専門医に、今後の治療についてご相談いただけます。

均衡型異常を持つカップルの具体的な治療として、**PGT-SR(Preimplantation Genetic Testing for Structural Rearrangements:着床前染色体構造異常検査)**が挙げられます。この検査では、胚盤胞の一部を取り出して遺伝子解析を行い、染色体の構造的な異常を検出します。PGT-SRを用いることで、不均衡な染色体を持つ胚を排除し、正常な胚を選んで移植することができます。

早期検査の重要性

多くの生殖補助医療機関では、反復着床不全や流産などの問題が発生してから染色体検査を行うことが一般的です。しかし、時間や費用を考慮すると、プレコンセプションケアの一環として染色体検査を早期に行うことの重要性が示唆されます。均衡型構造異常を持つ人は外見上健康であっても、次世代への影響が大きいため、適切な診断と管理が必要です。

染色体の構造異常が不妊に及ぼす影響を理解し、適切な検査とカウンセリングを受けることが、将来の家族計画において重要なステップとなるかと思います。