『完全な人間を目指さなくてよい理由』

『完全な人間を目指さなくてよい理由』

理事長の中村嘉孝です。

マイケル・サンデル教授の『完全な人間を目指さなくてよい理由』を読みました。遺伝子操作によって優れた子どもをつくる、いわゆるデザイナー・ベビーについて論じたものです。

問題の本質は、デザイナー・ベビーとか遺伝子操作とかにかぎらず、例えばスポーツのドーピングでも同じことだと著者はいいます。
ドーピングによって試合に勝つことに反感をもつことが、はたして正当といえるのかどうかということですが、筆者は、正当だとします。
なぜなら、「自然の道徳的地位」を考慮すべきだからというのです。これは、とても面白い見方だと思います。

「でも、それって神ってことですよね?」という気がするのですが、その点について著者は、「この場では解決を試みることの不可能なほど、深遠かつ難解な問題である」として、明確には答えていません。

いずれにせよ、そのような自然な感情にどこまで正当性を与えるべきなのでしょうか。
それは、単なる自然主義的誤謬なのでしょうか。
それとも、著者が言うように、「生の被贈与性」、つまり、自分の命は授かりものだという感覚が破壊されることで、「道徳の輪郭を形作っている三つの主要な特徴、すなわち謙虚、責任、連帯に変容がもたらされる」のでしょうか。私にはわかりませんが、いずれにせよ、次の指摘だけは間違いないと思います。

「こうした問題は神学との境界線上に位置しているので、現代の哲学者や政治理論家はしり込みしがちである。しかし、バイオテクノロジーがわれわれにもたらす新たな力のことを考えれば、もはやそうした問題を避けて通ることはできない。」

ちなみに、本書でも不妊クリニックについて何度も言及されていましたが、IVFそのものについては肯定的な立場でした。もう、自然への崇敬を損なうとは大方の人が思わなくなり、寿ぐべき生命の誕生の場と受け止められるようになっているのでしょう。