更年期について

更年期について

理事長の中村嘉孝です。

前回、思春期の診療をなぜためらうかについて書きましたが、更年期の診療についても、また別の難しさがあります。
それは、思春期のようなイデオロギーの話ではなく、更年期の治療法について、医学的な議論が迷走していることにあります。

生理があがり、卵巣からのホルモンが出なくなることで更年期障害が起こるわけですが、単純に考えると、そのホルモンを薬として飲めば、解決するはずです。

そのような治療法をホルモン補充療法といい、昔からあるのですが、あまり人気のある治療法ではありませんでした。というのは、女性ホルモンには子宮がんになりやすくなる作用があるから、危険性を考えると、長期間使用するのはよくないと考えられていたからです。

ところが、20年ほど前から、黄体ホルモンという別のホルモンと組み合わせることで、子宮がんのリスクがなくなるという論文が次々と出されるようになりました。
さらに、女性ホルモンは更年期障害だけではなく、心臓や骨に対しても良い効果があり、心筋梗塞や高齢になってからの骨折を減らすというデータが次々と出てきました。

更年期障害の有無にかかわらず、女性ホルモンを飲めば他の病気が防げるというわけです。

それなら、飲まない手はありません。そして、どのくらいのみ続けるかというと、「一生、飲み続けるべきだ」という専門家もいて、実際、論理的に考えるとそういうことになると思えました。

考えてみてください。この治療は、女性「全員」が対象となり、しかも、数十年にわたって薬を飲み続けるというのです。製薬会社にとって、忽然と現れた巨大マーケットでした。
もちろん、産婦人科医にとっても同じこと。
製薬会社がスポンサーとなった研究会やシンポジウムが次々と開かれ、ホルモン補充療法を積極的に推し進めるべきだという意見が主流になりました。
当時の厚生省の審議会でもホルモン補充療法を薦めるべきだという結論が出ましたし、女性誌でも、よく、ホルモン補充療法の特集が組まれていました。

ところが、2002年になって大きな事件が起こります。
アメリカで、成人病に対するホルモン補充の効果を評価するために行われていた、ウィメンズ・ヘルス・イニシアティブ(Women’s Health Initiative:WHI)という大規模な臨床試験が、突然、中止に追い込まれたのです。
この研究では、閉経後の女性16,000人を、ホルモン補充するグループとしないグループの二つに分け、各グループでの病気の発症率を8年かけて調べる予定でした。

それが、5年目の中間評価をすると、ホルモン補充で骨折や大腸がんは減るものの、心筋梗塞や乳がんの発症が高くなったことがわかりました。それまで心筋梗塞が減るといわれていたのに、逆の結果が出たわけで、試験をこれ以上つづけるのは危険ということで中止になったのです。

この事件を受けて、医療界は混乱しました。ホルモン補充療法の支持者からは、「人種が違う」、「WHIの参加者はもともと肥満や高血圧が多いからデータをそのまま適用できない」、「治療の開始が遅すぎる」、「ホルモン剤の種類で違う」など次々と反論が噴出しました。

しかし、賛否両論ということであれば、やめるに越したことはありません。
当院でも、ホルモン補充療法を行っていた患者さんが多数おられました。
いままでこちらから積極的に勧めておきながら、そんな事をいうのは心苦しかったのですが、事情を説明して治療を打ち切りにさせていただきました。

その後、議論が続けられ、昨年になって産科婦人科学会と更年期学会から合同で指針が出されました。
要するに「ホルモン補充療法はメリットが大きい」という結論ではありますが、これも3年後に見直すことになっています。

このような大規模な臨床試験を行って、きちんと効果の証拠(エビデンス)に基づいて診療することをエビデンス・ベースド・メディスン(Evidence Based Medicine:EBM)といいます。
確かに、その重要性はわかりますし、研究者の努力には感謝するものの、現実にそのエビデンスで治療法の効果や安全性などを判断するのは、簡単ではありません。

上に触れた学会の指針でも、インフォームド・コンセントの重要性が謳われているものの、「心筋梗塞が29%,脳卒中が41%,脳梗塞が113%,乳癌が26%増加する一方で,大腸癌は37%,大腿骨骨折は34%減少する。さて、あなたはどうします?」などと言われても困ってしまうでしょう。
そして残念ながら、どう考えるか困ってしまうのは、医者も同じことなのです。

「リスクが色々あっても、美容のアンチエイジングのためにする」という明確な目的のある方を別にすれば、私はどう説明していいのかわかりません。
そのような理由で更年期の診療にも、あまり積極的にはなれないでいます。