理事長の中村嘉孝です。
先日、ある大学の医学部長をしておられる教授から伺った話ですが、「解剖のご献体をお断りしなくてはならなくなっている」とのこと。
ご存知のように医学部の解剖実習は、篤志によるご献体によって成り立っています。
しかし、いかに尊いお気持ちがあっても心情的な抵抗があるのは当然で、なかなか十分な数のご献体をいただくことが難しく、医学部長をはじめ、関係者がお願いをして回っている状況でした。
ところが最近では、お申し出をいただく方が増えて、ご献体をお願いすることが大切な仕事だったのが、今は、失礼のないようにお断りすることが仕事になっているというのです。
葬儀社の広告をみていても、「直葬」といって葬儀をせずに直接、火葬場にいくような形も増えているようです。不景気ということもあるのでしょうが、むしろ、科学、医学の知識によって、遺体に対する考え方が変わってきているのでしょう。
不妊治療技術の社会的、倫理的問題も、多くは宗教感情に根ざしていると思いますが、技術が進歩していくことで、人々の生命観も変わっていくと思います。
しかし一方で、どれほど科学が進歩したとしても、人間は、人生の価値を生み出す宗教的感情を、なんらかの形で持たずに生きていくことはできません。
科学は事実を明らかにするだけで、価値を作り出すことはありません。
私も、解剖実習で覚えた何千という名称は、あらかた忘れてしまいました。
しかし、解剖させていただいたご遺体のお顔は、いまでも覚えています。