お医者さまがおられましたら…

お医者さまがおられましたら…

理事長の中村嘉孝です。

昨今、医者が「お医者さま」おだててもらえるのは、「お客さまの中にお医者さまがおられましたら、…」というアナウンスの時くらいのもので、せっかく呼ばれたので颯爽と出て行きたいところですが、現実は冷や汗ものです。

専門外のことはわかりませんし、機器もないのでたいしたことはできません。
まあ、産婦人科医の私にできることは、手を握って「がんばって下さい」って言うくらいのことです。

以前、新幹線で気分不良のご年配の方を診察したときには、あとでJRから5千円の図書券が送られてきました。
「もっと勉強しなさい」という意味でしょうか、ありがたく医学書を買わせて頂ました。

さて、“The New England Journal of Medicine”という医学雑誌の今週号に、こんな話が載っていました。

神経科医の著者が、内科医の奥さんと一緒に飛行機に乗っていると、後ろの席の男性の容態が悪くなった。
脈もなくなっていたので、直ちに床に寝かせて心肺蘇生を開始した。
他に、腫瘍科医、麻酔科医、外科医の3人の乗客が駆けつけ、客室乗務員はAED(自動除細動器)を持ってきた。5人がかかりで25分間、手順通りのことを続けたが、脈はもどらない。

死亡宣告しようとしたら、航空会社の規定で、客室乗務員が着陸まで蘇生を続けると言うので、仕方なく緊急着陸するまで続けた、という話でした。

著者はヒポクラテスを引き合いに出して、死亡した患者に不必要な心肺蘇生術をすることの是非をこの論文で問うているのですが、私にはむしろ、問題の本質がもっと別のところにあることを浮き彫りにしているように思いました。

乗客数167名に5名の医師がいたこと。AED。航空会社が蘇生の責任回避まで規定していること。
著者が神経科医と同時に、臨床倫理学者でもあったこと。

医療の供給過剰と過度の法的要求の結果、われわれは何の生産性もないことに全力を傾けざるを得ないようになっているのです。
ちなみに、亡くなった乗客も医師であったことを、著者は後日、ネットニュースで知ったそうです。