RCT(ランダム化比較試験)と個別化医療:ERAについて思うこと

RCT(ランダム化比較試験)と個別化医療:ERAについて思うこと

https://www.nytimes.com/2021/12/18/health/ivf-era-test-igenomix.html

ERAの有用性について、疑問を投げかける記事ですが、昨年12月のNY timesに掲載されました。ERAはEndometrial Receptivity Analysisの略で、通常、胚盤胞を移植する日の内膜の遺伝子解析によって、最も着床しやすい時期とのずれを算出するものです。ずれといっても、ほとんどのケースでずれは見られず(85%)、約15%でずれが検出されますが(当院データ)、その程度は半日から1日程度であり、臨床的に差をもたらす程度なのかどうかが、従前からの議論となっています。

記事はアメリカに40施設を展開するShady Grove Fertilityで行われた研究をもとにしています。研究では、初回の移植を、ERA補正「あり」と「なし」群に分けて、生産率に差がないと伝えています。

当院は、日本でいち早くこの検査を取り入れ(事実上、日本初)、当時日本で行えなかったこの検査を、スペインのIgenomics社とやりとりしながら検査を依頼していました(反復着床不全例に対してのみ依頼をしました)。

検査の説明は下記(当院HPより)を参照してください。

https://www.oakclinic-group.com/funin/era.html

それもあって、世界中の多施設参加のランダム化比較試験に参加もしています。結果は論文として発表されています。

https://www.rbmojournal.com/article/S1472-6483(20)30319-9/fulltext

この論文では有効性ありと結論づけられていますが、記事の著者はそれを”fraud(うそ)”だと厳しく非難しているのです。

我々は、2021年12月に年齢が高く反復着床不全の症例で、ERAが有効でなかった例を論文に著し、有効な例と無効な例があることを提起しました。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35111428/

現時点でERAの有用性に関してはまだまだその適用範囲と効果の程度を含めて疑問の余地は残るものの、下記の理由で検査を行っています。

1.ランダム化比較試験(RCT)で出た結果というのは、最強のエビデンスとされますが、あくまでも「ある特定の患者集団における患者の平均像(値)を示すもの」であり、「ゲノムを利用した個別化医療の効果」とは異なる。
集団の平均値を個々の患者さんに単純にはあてはめられないのです。

例として、毎日計算ドリルをやるとクラス全体の成績が伸びた、という場合、伸びなかった子もいるし、毎日ゲームを1時間やるとクラス全体の成績が下がった、という場合にむしろ上がった子もいる、ということです。個別化医療は、例えると、その子の状態、その子にあったやり方を考える、というアプローチです。

2.少なくとも不利益となる検査ではなく、検査をしたから妊娠率が下がるわけでもない。臨床の蓄積から、新たな発見につながる可能性もある。
受精卵がいつ移植しても着床するわけではないのは明らかで、ある程度エストロゲンで厚くなった内膜にプロゲステロンが作用して着床可能になるのですが、どの時期が最適でどのくらいの期間なのかが、まだわかっていません。

3.遺伝子発現を見ることで、少なくとも内膜が着床可能な状態であることが分かる(時期の推定の有用性が不確実だったとしても)。
内膜の状態が明らかに移植に不適な場合は、そのように報告が返ってきます。

4.上記のことを勘案した結果(多分)、4月からの不妊治療保険適用に際し、先進医療Aの枠組みで採用される予定である(厚生労働省のお墨付きを得られる予定)。

格好の例を1つ。

PGT(受精卵の染色体検査)は、RCTでも、流産率を有意に下げますが、生産率を有意に上げません。だからといって、まったくダメなのでしょうか?

このように着床~出産に至るまでの間には、ゲノムを利用してさえも、まだまだ未知の交絡因子があり、その制御は、従来のRCTデザインでは解決しづらく、さらに精密に因果推論していくしかないのです。