医師の田口早桐です。
Follicular-phase endometrial scratching: a truncated randomized controlled trial
5月6日にHuman Reproductionにオンライン掲載されたばかりの論文を紹介します。
妊娠の成立には胚、子宮内膜、そして胚の着床に関わる環境(自己抗体など)が、重要ですが、この10年くらいの間に世界中で、子宮内膜に物理的な刺激を与えることで、着床率を上げる可能性があることが示唆され、果たして、そういう技法が正しいのか否かにつき、大きな論争が続いています。
2段階胚移植、SEET法など、移植前に培養液や胚の環境を整えることも重要かもしれません。
一方で、上記とあわせて、当院では反復着床不全に対しては子宮内膜要因も考えていろいろな工夫をしています。オーク式SEET法、ERAによる着床の窓の診断等に加え、子宮内膜をスクラッチすることがあり、たびたびご紹介してきました。この記事では、紹介した論文に倣って子宮内膜スクラッチと呼びますが、「子宮内膜再生法」とか、「子宮内膜生検」とか、いろいろ呼び名があります。
では、その<子宮内膜スクラッチ>が着床率を上げる効果があるのかないのか?…、
実は大規模なランダム化比較試験で昨年、NEJM誌上で効果が否定されました。
ただし、それは、黄体期、つまり、排卵や採卵のあとの内膜が厚い時期に行った場合に限定される<お話>だということに注意する必要があります。
月経後の卵胞期と言われる、まだ内膜が薄い時期に行った場合の評価は、まだ定まっていないのですが、当院はこれまで、卵胞期に子宮内膜をスクラッチすれば着床率を上げる効果があるという報告をしてきました。
私の知りうる限り世界中の論文では、海外の1施設のみが当院と同じ方法をとり、同じ好結果を得ています。
いわゆるスクラッチ(引っ搔くこと)によって子宮内膜には傷ができます。
傷が治るときにはたくさんのサイトカインという物質がでます。これは組織の成長や接着を促す物質です。
その物質の(一時的な)過剰発現が、次の周期の着床を助ける方向に働く、というのが、これまでに考えられているメカニズムです。
この論文は、卵胞期での子宮内膜スクラッチの効果を科学的に厳密に評価するべく、ランダム化比較試験によって、スクラッチしたグループ(100人)と、していないグループ(100人)との間での、妊娠率などの比較が試みられました。
しかし、なんと、この研究は途中で中止になりました。理由は、途中までの解析で、スクラッチしたグループでの流産率があまりに高かったからだと著者は言っています。
卵胞期で子宮内膜をスクラッチしたら83人中43人が妊娠、10人が流産。
スクラッチ無しの84人中40人が妊娠、3人が流産だったとのことです。
試験のデザイン及び内容ともに、とても残念な結果です。
ただ、今回の論文の結果だけを見て、卵胞期での子宮内膜スクラッチも、結局、黄体期での子宮内膜スクラッチ同様に、ダメだなどと考えるのは、少々、早とちりだと思います。
当院では、卵胞期で子宮内膜スクラッチした後には新鮮胚で移植していないので、今回の論文と同じ条件では、ありません。それに、やはり、スクラッチした周期に移植するのは良くないということが分かりました。よって、今後、当院と同じように、卵胞期で子宮内膜スクラッチした後に凍結胚で、スクラッチした周期とは異なる周期で移植された場合にどうなるか?が他の施設でも厳格な試験方法で検討される必要があります。
このように、子宮内膜スクラッチの効果のほどは、まだまだ世界中で議論の的なのですが、現状、私たちの臨床上の手ごたえからすると、当院の子宮内膜スクラッチ法は、うまくいっていると思われます。