医師の田口早桐です。
10月22日のNew York Timesに、We need to talk about our eggs (卵についてもっと議論する必要がある)という記事が出ていました。
サラ・エリザベス・リチャードという女性記者によるもので、彼女自身も卵子凍結をしたそうです。
要約しますと、今は技術的に卵子を凍結し、後に出産することが可能になっているが、そのことを知らない女性は多い。
当然のことながら、妊娠出産に関しての話は産婦人科医が関わる分野であるが、検診など別のことで産婦人科を受診しても、医師からその様な話題を切り出されることはほとんどない。
わざわざ「子供はいつ生むつもりですか?」と聞いて、子供を望んでいない女性を怒らせたり、子供を望んでいる女性を変に怖がらせたりする危険をおかしたくないと考える医師も多い。
また、そんな話を始めると、今付き合っている彼氏との関係にまで話が及び、涙ながらの相談になって収拾がつかなくなってしまうこともある…。
結論として彼女は、(医学的必要性の無い)卵子凍結に関して、アメリカ生殖学会がそのスタンスを、以前の「実験的レベルであり生殖年齢を遅らすための方法として考えるべきではない」という表現から、つい最近「実験的」という部分を除いたこともあり、パンフレットなどの形で正確な情報を提供し、その上で女性が自ら金銭的肉体的コストを払うという決断をするなら良いのではないか、と述べています。
まあ、その通りなのですが。
記事のなかで私が膝を打って共感したのは、別の部分です。
私は産婦人科としては少数派の、「子供はいつ、何人生むつもりですか?」と、すぐ聞くほうです。
生殖は女性の人生に一番影響を与えるし、産婦人科としては最も重要な仕事であると考えていますので治療方針の参考にお聞きするのですが、中には、あまりに個人的な質問だと感じてか、不愉快な顔をする人もいます。
しかし一方で記事にある通り、恋愛相談のようになってしまうこともあります。
確かに生殖は特殊な場合を除き一人で遂行出来ませんので、「相手あってのこと」に付きもののフラストレーションがたまることになりますね。
恋愛と生殖がぴったり合えばこの上なくハッピーですが、なかなかそうはいかないのが世の常。私は生殖の話ならなんでも来いですが、恋愛の相談相手としては…、どうも失格のようですよ。