培養士の奥平です。
タイムラプスインキュベーターとは、観察用のカメラが内蔵された培養器のことです。通常の培養方法では、培養器から卵や胚が入った培養皿を取り出し、顕微鏡下で観察をすることになります。タイムラプス培養の一番の利点は、観察のために卵や胚を培養器の外に出す必要がなく、常に一定の培養環境が維持できることです。それゆえ、通常の培養および観察方法に比べて培養成績が良くなったという報告もあり、今では導入している施設も多いようです。当院でも培養のオプション技術として提供しておりますが、施設の中には全症例タイムラプス培養を行うところもあります。
タイムラプスでの観察と言えば動画をイメージしますが、実際には動画でずっと撮影しているわけではありません。一定の間隔で静止画を撮影し、それをつなぎ合わせることによって動画を作成しています。言わばパラパラ漫画ですね。
タイムラプス培養のもう一つの売りは、通常の観察方法に比べ得られる情報量が多いことです。例えば、10分間隔で1枚撮影する設定の場合、1時間で6枚、1日で144枚、5日間培養したら720枚の画像数となります。よって、通常の観察方法ではタイミングによっては見落としていた発生現象(受精後の前核形成など)を追跡できることも可能となります。また、受精後の発生の経時的な変化も調べることができます。しかしながら、培養士が胚1個につき数百枚の画像をすべて確認することは現実的ではありません。そこで活用されるのがAI技術です。タイムラプスインキュベーターの中には、AIを用いて胚の評価を行うソフトウェアが付いているものもあります。
それでは、「タイムラプス+AIを用いた胚の評価」と「従来の胚の評価」ではどちらが優れているのでしょうか?ちなみに従来の胚の評価とは、Veeck分類やGardner分類などの評価基準に則って、培養士が主観的に判定する方法です。
この疑問については、先日行われた第27回日本IVF学会学術集会で複数の施設から発表がありました。結論としては、現状では、タイムラプス+AIは培養士と同等の胚評価能力を持っているとのことでした。培養士の評価を補完する技術としては有益というのが共通認識のようです。
また、胚の評価と選択方法について書かれた海外の総説(Zou et al., Fertil Steril. 2024)においても、タイムラプスやAIによる胚選択のような新しい技術は、手動による胚の評価付けと比較して、治療成績を改善することは証明されていないと述べられています。
これらの知見から、培養士の判断が膨大なデータを用いたAI技術にまったく引けを取らず、培養士の技術の確かさが認められて大変誇りに思います。そして、そのような胚の評価方法を築き上げた先人たちの功績に敬意を表します。
しかし、AI技術というのは新しいデータが追加されるたびに改良されていくものですので、培養士を凌駕する日も近いかもしれません。今後もこの技術に注目していくとともに、劣らぬよう培養士の能力を磨いていく所存です。
ちなみに、オーク会ではAIを用いた解析は導入しておりませんが、タイムラプス培養の提供は行っています。保険治療では先進医療として、自費治療でも培養のオプションとして付けることができます。通常の培養方法で胚の発育が不良な場合はご検討されてもいいかもしれません。ご興味がある方はいつでもご相談ください。
【参考文献】
・Diagnostic or prognostic? Decoding the role of embryo selection on in vitro fertilization treatment outcomes.
・Fertil Steril. 2024 May;121(5):730-736. doi: 10.1016/j.fertnstert.2024.01.005.
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