羊水による発達障害パネル検査

生活習慣病のような遺伝子が関与するとあまり考えられていなかった疾患も、遺伝子との関連が明らかになっています。発達障害もその原因はまだ明らかにはなっていませんが、関連する遺伝子が多数同定されています。この羊水を用いた発達障害パネル検査では、羊水を用いて出生前に発達障害に関連する遺伝子に突然変異があるかを調べることができます。

ほぼ全ての疾患で関連遺伝子が存在

生活習慣病(高血圧や2型糖尿病)は、各人の生活習慣が原因となり発症すると考えられていました。

しかし、21世紀になりヒトの全ゲノムシーケンシングがほぼ完了したことから、疾患に関連する遺伝子をGWAS(Genome-Wide Association Study、ゲノムワイド関連解析)により疾患に何連する遺伝子を同定することが可能になりました。その結果、疾患に関連が認められる遺伝子が多数見つかるようになりました。

その結果、生活習慣病などこれまで遺伝子の関与が考えられていなかった疾患でも関連する遺伝子が複数見つかっています。現在では疾患の原因を単純に環境・生活習慣が原因である・遺伝子の突然変異が原因であると分類できなくなっています。そしてそれぞれの疾患は、多数の遺伝子と環境・生活習慣が相互作用をしており、疾患ごとに関与する度合いが異なる多因子病と考えられるようになっています。

発達障害に関連する遺伝子も多数

発達障害の原因は十分に解明されていません。しかし、親の育て方や本人の努力不足ではなく、生まれつきの脳機能の障害が原因であると考えられています。

この脳の機能障害の原因はまだ明らかになっていませんが、GWASにより発達障害に関連する遺伝子は多数見つかっています。そして、これらの遺伝子に突然変異が生じることで正しく機能ができず、脳機能に障害が生じると考えられます。

そこで、発達障害に関連する遺伝子に突然変異が無いか検査することで、発達障害のリスクを推定することが可能ではないかと考えられます。

事前準備により影響を小さくできる可能性

アミノ酸の代謝に異常をきたすフェニルケトン尿症という疾患があります。この疾患は、アミノ酸のフェニルアラニンを代謝(分解)する酵素の遺伝子に突然変異を生じたためにフェニルアラニンが異常に蓄積してしまいます。その結果精神発達に障害を生じることが知られています。

しかし、早期にフェニルアラニンを除去したミルクを与えるなど適切な治療を開始することでほぼ正常な発達が見込めるようになっています。この治療開始は早期なほど効果が認められるため、現在では新生児を対象としたマススクリーニングの対象となっており生後数日で検査されています。マススクリーニングは出生後の検査ですが、もし出生前に分かっていれば、初乳の時からフェニルアラニンを除去したミルクを与えることができ、より良い治療成績が見込めるかもしれません。

そこで、発達障害についても早期に発見できれば、それだけ早期にその子の適した環境などを整えることが可能となり、影響を小さくすることが可能かもしれません。

羊水を用いた検査が可能

これまで遺伝子の突然変異の有無を調べるためには、それなりの量のDNAが必要かつ、検査の時間やコストが非常にかかっていました。そのため、出生前に複数の遺伝子の変異を調べることは、ほとんど不可能でした。

しかし現在では、新型コロナウィルスの検出に使われているPCRにより微量のDNAを短時間で増幅ができるようになりました。

また、遺伝子の突然変異も次世代シーケンサー(NGS)の普及により、多数の遺伝子の塩基配列を高速かつ安価に取得できるようになりました。コンピュータの性能向上を示す指標にムーアの法則がありますが、それを上回る速度で塩基配列を決定するコストが低下しています。その結果、個人が持つ全ての塩基配列を決定することも可能となりました。

その結果、羊水に含まれる胎児の細胞からも発達障害に関連する遺伝子の変異を短時間で調べられるようになりました。

WGSとパネル検査

羊水を用いた発達障害検査には、WGS(全ゲノムシーケンシング)とパネル検査があります。

WGSは、発達障害と関連しない遺伝子も含めて個人が持つゲノムの塩基配列をすべて読み取ったうえで発達障害に関連した遺伝子に突然変異があるか・無いかを調べます。

対してパネル検査は、発達障害に関連する遺伝子のエクソン(タンパク質の設計図)及びその近傍に限定して塩基配列を検査します。

そのためWGSは、パネル検査に比べて検査費用が高くなります。また、発達障害と関連の無い遺伝子を含めて塩基配列を読み取るため、発達障害とは別の疾患の原因となる突然変異が見つかる場合があります。疾患の原因となる変異と言っても、疾患ごとに浸透率が異なるため疾患の原因となる変異を持っていても発症しない場合もあります。そのため、本来であれば変異を持っていてもそのまま成長して変異の無い方と同様の最期を迎える可能性もあります。しかし、変異があることを知ってしまったために、将来その病気を発症するかもしれないという心理的なストレスを抱えてしまう可能性があります。

パネル検査は、WGSに比べて検査費用を抑えることが可能です。またWGSに比べて関連する遺伝子に限定して塩基配列を調べるため、一般的にWGSより多くのリードデータを元に遺伝子を検査するためより正確な結果が得られると考えられます。

検査のリスク

羊水を採取することにより、流産のリスクが生じます。しかし、羊水の採取方法は通常の羊水検査と変わらないため、流産のリスクが通常の羊水検査より高くなることは無いと考えられます。

また、発達障害とは関連しない遺伝子の変異が見つかり、その事による心理的なストレスを抱える可能性があります。さらに遺伝子の突然変異は新規に起こるde novo変異の他に、両親から受け継いでいます。そのためご両親のいずれか又は両方がその遺伝子の突然変異を持っていることを知ることによる心理的なストレスを抱える可能性があります。

検査の限界

発達障害の原因は十分解明されていません。そのため、この検査で発達障害に関連する遺伝子に突然変異が見つからなかった場合でも発達障害となる可能性を否定できません。反対に、この検査で発達障害に関連する遺伝子に突然変異が見つかっても、その障害の程度を予想することは困難です。そのため突然変異が見つかったとしても非常に程度が軽く陰性の子どもと変わらない発達度合を示す可能性も否定できません。

また、シーケンスの精度は100%ではありません。そのため、突然変異を見逃す可能性を否定できません。反対に、変異の無い部分を突然変異と判定する可能性も否定できません。

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